のこされた、ここにあるモノを生かした家づくり。mitosaya薬草園蒸留所・山本祐布子さん

のこされた、ここにあるモノを生かした家づくり。
mitosaya薬草園蒸留所・山本祐布子さん

「自分の好きな世界観」や「自分らしさ」を大切にして暮らす方の住まいにスポットをあてる企画「おうち、おじゃまします」。当店のオーナー・谷が、その方のお宅へ伺い、家や暮らしに対するこだわりや考え方についてお話をお聞きします。

第4回は『mitosaya薬草園蒸留所』の江口宏志さん、山本祐布子さんご夫妻です。

今回の前編では山本さんに家づくりやキッチンのことを、後編では江口さんの家づくりにまつわる工夫をお届けします。

江口宏志さん
蒸留家。蒸留家クリストフ・ケラーが営む蒸留所、Stählemühle(スティーレミューレ)で蒸留技術を学ぶ。帰国後、千葉県大多喜町の薬草園跡地に出会い、2016年12月 mitosaya株式会社を設立。ブックショップ『UTRECHT』、『THE TOKYO ART BOOK FAIR』、元代表でもある。

山本祐布子さん
イラストレーター。mitosayaでは、ボタニカルプロダクトの開発や、フード・ドリンク全般に携わる。マップのイラストレーションももちろん彼女によるもの。切り絵、水彩画、ドローイング等いくつかの技法を使い、 装丁、広告、プロダクトデザインなどに関わる。

ホームページ|https://mitosaya.com/
Instagram|@3tosaya

まさかここに住むとは!
「捨てる」という発想を変えて、新たな道を探っていく

―『mitosaya薬草園蒸留所』があるのは、千葉県大多喜町。もともと薬草に特化した植物園があった場所が2015年に役目を終え閉園。その施設を改修し2016年に『mitosaya薬草園蒸留所』をスタート。そこに江口さん、山本さん夫妻とご家族は暮らしています。

 もともとこの場所は研修棟だったそうですね。ここを住まいに変えようと思うと、常識からすると…

山本さん 私も最初の姿を見たときは、「まさかここに住むとは」という感じでした。でも江口さんが色々と考えてやってくれて。自分たちでできる範囲で、あとは友人たちにも一緒に手伝ってもらって、やっとここまでになったんです。まだちょっと、アラはありますが(笑)。

 普通だったら、誰かに頼みますよ。あらためてすごい。

山本さん 一から作ればもっとシンプルですが、研修棟として使われてきたモノがたくさんのこされていて、「じゃあ、どうしよう?」と考えて。すでにあるモノに対して、いろんな規制があるなかで、必要性を探りながら作っていきました。

 このキッチン台も、もともと?

山下さん はい。実は、倍の高さの物入れ棚だったんです。実験道具やファイル、地図などの資料の収納として使われていたようです。半分に分断して、上半分を窓際に置いて、下半分をキッチンのカウンターとして使っています。

 え〜!おもしろい!

山本さん 本当に薬草園の施設のなかには、使われていたモノが100%のこされていて。それを捨てるのは簡単ですが、処分するにも量が膨大すぎて費用もかかるので…もう活用するしかないね、と(笑)。そこで、今まで使われていた用途をまずは無しにしてフラットに見て、「何に使えるか」「どうやったら使えるか」を考えていきました。

 そうだったんだ!いやあ、でもこの棚をキッチンにするという発想の転換というか、応用力がすごいです。

山本さん 私たちには全く必要のないもの、例えばコピー機や電話など全部残されていたんですね。それらを一度処分したときに、モノの重さを体感し、なるべくあるモノでというのが、私たちの中でもインプットされたというか。蒸留所は必要な機能が違うので捨てるものも多く、住居はあるモノで、できることで、という感じでした。

 家づくりをするなかで、江口さんと衝突することはなかったですか?

山本さん なかったですね。空間部分はほとんど江口さんが考えて、私はその空間の中でどういう風に使おうかとか、照明器具をどれにしようとか、モノはほとんど私が選んで。ハード部分は江口さん、ソフト部分は私という感じで、うまく役割分担できていたのかもしれません。

 ほ〜、そういう棲み分けだったのですね。意外。僕は家づくりで奥さんと喧嘩しまくりました…あ、仲は良いんですけどね。

山本さん それも大事ですよね。私は役割を決めたい方なので、役割外のところは割り切ってけっこう任せちゃいます。江口さんはちょっと違うスタンスで、何でも一緒に考えたいというのがあるみたいですが。周りからは、「正反対で、考えることも違うから、だからうまくいくのかな」と言われます(笑)。

いろんなモノの中間地点を作る。
山本さんに聞く、キッチンのこと

 それにしてもキッチンが整頓されていますね、ごちゃごちゃしていないというか。何かご自身の中で決めている収納のルールなどあるのですか?

山本さん そうですか?なんだろう…あ、でもやっぱりこの場所には良いところがあって、“広い”という。見せたくないものはしまって、キッチンはすっきりさせたいというのはあります。寝室にしている部屋にはパントリーとして棚を設けていて、そこに食材など見えないようにしまうなど、わりと逃げ場があるんです。

 なるほど。ちなみにキッチンはこのカウンターがあって、水回りはどこに?

山本さん カウンターの奥にあるのがもともと給湯室だったスペースで、そこを使っています。間取りの都合もあり、キッチンはここしかなくって。
料理をするとき、最初は戸惑いました。火はこっちで、水回りはそっちで、食器はあっちで…と、いろんなポイントが今までとは違う場所にあるので、どういうふうに食材を流していったらいいんだろうって。野菜を洗ったり切ったりしてからトレーにのせて運んで、カウンターで調理するとか。広い板とか大きいボールなど、運ぶモノがわりと重要になってくるなと。

コンクリートのキッチン。だからこそ道具はちょっと温かみのあるものを選びたいという山本さん

 なんだかすごく整頓されているように感じます。収納のやり方で意識していることは?

山本さん 心がけているのは、モノの仮置き場というか中間地点をいろんな場所に作っておくことですね。モノの場所には着地点があるじゃないですか、帰る場所というか。例えば食器。洗って濡れていて、拭いたけれど着地点に行くまでにはもう少し乾かしたい…みたいなこと、ありません?

 ありますね。すごくわかる。

山本さん そういうときに、ぽいっと置いておけるような中間地点をいろんな場所に設けておくんです。「拭いたら、ぽいっとそこ(中間地点)に置けばいい。落ち着いたときに、もとの場所(着地点)に戻せばいい」という感じで、そのルールがあるから、あまり気を張らずに収納できているのかもしれません。

キッチン台の下にある引き出し

 カトラリーとかそういう細かいモノはどうしてますか?

山本さん カトラリーなどは後ろの引き出し棚に入れていて、小さい引き出しなので1つの引き出しにつき1種類でしまっています。おたまなどの調理器具は、キッチン台に付いている引き出しに。ステンレス、木のものなど素材ごとに、けっこうガサッとまとめています(笑)。
あと、お塩や胡椒といった調味料はパッと料理に使いたいのでIHのすぐ下の引き出しに入れていて。さらにその下にお酢や油を置いて、自分の動きに合わせた場所に置くようにしています。

試行錯誤で選んだ調理道具も、いつしかお気に入りに。

 これ!これ何です?

山本さん IHともうひとつは電熱グリルです。もとは住居スペースではなかったので、ガスが引かれておらずオール電化でやるしかなくて。でも何か、火に近い使い勝手のものが欲しいなと思ってこの電熱グリルを選びました。

 初めて見ました!無骨な感じがいいですね。

『Miele(ミーレ)』の電熱グリル

山本さん 電気ですが、直火感のある調理器具ですね。火力はそれほど強くないものの、作ったスープ鍋を置いておいたり、朝はパンを焼いたりするのに使っています。

こちらも『Miele(ミーレ)』のオーブン

写真中央に見えるのが「朝の時間」の棚

 棚も素敵ですね。

山本さん ここは朝ごはんのものだけをのせようと決めている棚です、江口さんが作ったものです。普通は、プレート、グラスとか、用途に分けて収納するところを、「朝」という時間でくくっている場所です。朝の忙しい時間に、この場所だけ見ていれば全部が揃うという。

 考えたこともなかったです、朝の時間でくくるなんて…!

山本さん あとは、子どもが取り出しやすいところにものを置くとか、試行錯誤ですね。日々小さいことですが、「ここはちょっと変えてみようかな」と、モノの置き場所を変えてみたりしています。

人との出会いがあって今がある。

 山本さんは、もともと美大でデザインを学ばれていたとか。

山本さん そうですね、美大の染色科でテキスタイルデザインを学んでいました。

 何かやりたいことがあったんですか?

山本さん いえ、大学生の頃は何がやりたいのか正直わからなくって。でも、クラフトや工芸的なことは好きだったので、やりたいのかもしれないと思って学校へ行きました。布が大好きで、編み物やテキスタイルデザインをやってみようと。4年間通うなかでも、絵を描くのがやっぱり好きだなと気づいたんです。好きで描いていたんですが、お友だちに「描いて欲しい」と言われるのは、素人なりに嬉しくて、楽しくて。

山本さんの仕事机。左隣にあるアンティークの棚も学生時代から使っているもの

 卒業されたあとは、どのようにしてプロに?

山本さん やっぱり、出会いですよね。人に尽きるなと身に沁みています。何もかも、やっぱり人。

 今回の取材もそうですね。

山本さん 一つひとつの出会いが、どんどん運んでくれるようなものというか。イラストレーターとしての仕事が多かったなかで、最初に大きな仕事で声をかけてもらったのは平松洋子さんの本の装丁です。
好きで作っていたイラストでラッピングペーパーを作って、小っちゃな本屋さんで販売していたんですね、それを編集者の方が気に入って買ってくれて、「平松さんの装丁にぴったりだ」と声をかけてくださったんです。それが、本の装丁のはじまりというか。

 そうでしたか。mitosayaさんでもパッケージのデザインを?

山本さん mitosayaでは、お茶やジャム、シロップ、カレー、ソースとか、そういう加工品を作ることがほとんどですね。間を見て、イラストのお仕事をして、という感じ。月一でオンラインショップの販売があるので、それに向けて日々作っています。

 ちゃんとペースを守ってできているっていいなあ、僕は日々あくせくしてしまって…

山本さん いや、あくせくしていますよ。私も(笑)。

 今後やりたいこととか、あります?

山本さん 今は、目の前のことを必死でやっているという感じですね。加工品は食品なので、作ったらなくなってしまうじゃないですか。でも、その時その時でいろんなことを思いながら作っているんですね。だからそういうことが、どんな形かはわからないですけど、まとめられたらいいなあなんて、江口さんと話していますね。

 素敵。絶対いいですよ、楽しみだなあ。

おまけ

―取材時、カレーとサラダをいただきました。野菜は庭の畑で収穫したもの。

柿とからし菜のサラダ。からし菜の辛みがアクセントになり美味しい

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次回は、江口さんに家づくりにまつわる工夫についてお届けします。お楽しみに。

 
お家、おじゃまします。 #04
 
『mitosaya薬草園蒸留所』江口宏志さん・山本祐布子さん インタビュー
 
 
前編|2022.02.18
 
 
後編|2022.02.25

photo & movie/satoshi shirahama

2022.02.18

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